朝鮮の三十八度線(7

ソ米共同委員の破綻(

アメリカは親米的で穏健な右翼系の金奎植を中心人物に内定し、これに韓国民主党の金性洙、趙炳玉らを連合させようと考えた。

そこで李承晩や金九のような極端な勢力を排し、中間派右翼の金奎植をおし立てるとともに、これに中間派左翼の呂運亨を組み合わせる戦術的対策を立てることによって共産党勢力を孤立させ、全般的な中間勢力の協力のもとにその基盤を拡大しようとした。

こうして李承晩が「議長」をつとめる「民主議員」を解散し、一九四六年十二月十二日、米軍政下の立法機構として「南朝鮮過度立法議員」を組織し、金奎植を議長に任命した。

アメリカが言う日本統治時代朝鮮に残っていた人物とは呂運亨、金奎植のことであったが、呂運亨の容共的姿勢が問題視され、穏健な中間派右翼金奎植が選ばれたのであった。

さらにアメリカは「反信託」運動の禁止を発表する一方、共産党の弾圧を強化し、親日派を広く取りこんだ。

国連臨時朝鮮委員団は国連への報告で、当時(一九四七年十二月現在)米軍政が採用した高級行政官吏の二○%が日本帝国主義統治機構のポストに留任しており、「立法議員」の八三%、警察の五三%、裁判官の七九%が親日派であったと指摘した(『第三回国連総会公式総括報告』付録九、五○七ページ、国連朝鮮臨時委員団の報告)。

当時南朝鮮では、日本帝国主義に服務した警官六千名が米軍政警察で働いていた。

 

독자감상글쓰기
Change the CAPTCHA codeSpeak the CAPTCHA code
 
홈페지봉사에 관한 문의를 하려면 여기를 눌러주십시오
Copyright © 2003 - 2017 《조선륙일오편집사》 All Rights Reserved