朝鮮の三十八度線(83)
ソ米共同委員会の破綻(13)
アメリカ側はモスクワ三国外相会議の決議には大衆団体についての術語の解釈がなく、ソ連側が「信託統治反対委員会をなんの根拠もなく非難」しているとして、モスクワ決議に反対するため特別に組織されたこの組織を擁護し、人員一千名以上の団体は口頭協議対象に含めるべきだと頑なに主張した。
ソ連側は双方代表の疑いをまねかない諸政党、大衆団体との協議をまずはじめようと提案した。
そしてアメリカ代表の要請によって、七月十六日、一万名以上の成員が署名した大衆団体の名簿を提出した。
そこには南朝鮮百十九、北朝鮮二十八、計百四十七の政党、団体が登録され、名簿から除外されたのは信託統治反対闘争委員会に加入している二十の政党、大衆団体にすぎなかった。
ところが米代表団は、ソ連代表団が一般右翼政党の協議参加に反対し、民主主義民族統一戦線傘下の諸政党、大衆団体だけを協議対象にしようとしているとし、疑いをまねかない団体と協議を先にはじめようというソ連代表の提議を拒否した(国際問題研究所『国際機構・国際会議における朝鮮問題の討議と関連した資料』平壌、一九八三年、四九ページ)。
ソ連側は諸政党、大衆団体の名簿を作成するさい右翼か左翼かを基準にしない原則を順守したと説明した。
実際、ソ連代表が提出した南朝鮮の百十九政党・大衆団体を見ると、右翼七十四、左翼三十四で、残り十一は中間の政党、大衆団体であった(同上五二ページ)。