朝鮮の三十八度線(81

ソ米共同委員の破綻(11

共同委員会の決裂十一か月目の一九四七年四月八日、モスクワでおこなわれた外相理事会でマーシャルはモロトフに、一九四七年下半期内に両政府がソ米共同委員会で討議する内容の審議日程を定めるよう提案した。

モロトフは、五月二十日にソウルでソ米共同委員会を再開し、七月と八月のあいだに朝鮮民主主義臨時政府の樹立にかんする完成した提案を両国政府の審議に提出しようと答えた。

その後の五月二日と七日にも、両外相間にはモスクワ三国外相会議の決議を支持する民主的政党・大衆団体についての意見の違いを縮めるための書簡が交換された。

こうしてモロトフとマーシャルは、協議対象の規定で合意し、共同委員会の再開が決まった。

第一回ソ米共同委員会が休会に入って一年と十一日がたった一九四七年五月二十一日、ソウル徳寿宮で第二回ソ米共同委員会が開催された。

アメリカ側首席代表にはブラウンが任命された。

第二回共同委員会では朝鮮の諸政党、大衆団体との協商形式と手続きにかんする一般規定を制定するうえで一定の前進があった。

六月十一日と十二日に政党、大衆団体の見解を聴取する『朝鮮民主主義臨時政府の構成と組織原則に関する質問書』と『朝鮮民主主義臨時政府の政綱に関する質問書』の内容が協議決定され、『南北朝鮮民主政党・大衆団体との協議に関する規定』が採択された。質問書は即時全朝鮮の民主政党・大衆団体に伝えられた。

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