朝鮮の三十八度線(72)
ソ米共同委員会の破綻(2)
アメリカ側は最初、朝鮮人で「協議委員会」をつくり、そこに朝鮮臨時政府閣僚名簿の作成と朝鮮国臨時憲法の制定権限を付与する案を提出したが、そこでは、「協議委員会」を米軍政の諮問機関である南朝鮮「民主議院」を中心にして構成し、これに北朝鮮の民主政党代表数名を補充するとされていた(『祖国の平和統一に関する文献集』第一巻、二七ページ)。
これは朝鮮臨時政府を広範な民主的諸政党・大衆団体代表によってではなく、李承晩をはじめ「民主議院」所属の親日派、民族反逆者に依拠し、かれらを根幹にして樹立しようというものであった。ホッジはソ米共同委員会の開催に先立って米統合参謀本部から、アメリカが非民主的だと認める朝鮮の政党、団体、人士は協議に参加させてはならない、共産主義者は朝鮮人民の代表となりえず、したがってそのようなグループは受け入れてはならない、という指令を受けていたのである(『朝鮮における米軍の歴史』一四五ページ)。
ソ連側は、アメリカ側の提案がモスクワ三国外相会議の決議に背くとして反対した。
アメリカ側は協議対象とすべき民主的政党・大衆団体の名簿を再び作成し共同委員会に提出したが、そこでは南朝鮮「民主議院」に属する親日派、民族反逆者、ファシストを頭とする十七政党と六宗教団体が基本となっていた。