朝鮮の三十八度線(67)
ソ米英三カ国外相会議、同床異夢(3)
北朝鮮の諸政党、大衆団体は、一九四六年一月二日、モスクワ三国外相会議の決議を支持する共同声明を発表した。
共同声明は「モスクワ会議の決議に記載された朝鮮の民主主義臨時政府の創建は、朝鮮の完全で自由な国家独立の造成にとってもっとも重要な出発点である」とし、「朝鮮に五年以内の期限で後見制を実施するソ米英の決議案を…四大連合国が朝鮮人民の政治、経済および社会的進歩、即ち民主的な政治の発展と朝鮮の自由で統一的かつ完全な独立国家の確立に、全的に援助協力すると世界人民に約束した神聖な義務の誠意ある具体的表現として理解する」とした(朝鮮民主主義人民共和国外交部『祖国の平和統一に関する文献集』第一巻、平壌、一九六二年、二~四ページ)。
北朝鮮行政局局長会議と平安南道人民政治委員会は全朝鮮人民に、外相会議の決議支持を呼びかける声明書を発表した。朝鮮の愛国的民主勢力は、五年の後見期間が朝鮮の自主独立を支援するものである以上、これを拒否する必要がないと認め、さらに、すでに朝鮮の両地域にソ米両軍が進駐したやむをえない情勢のもとで、かれらの立場を尊重し、朝鮮の独立を守るという列強の約束を信じることにした。
これは当時の情勢のもとで国と民族のためのもっとも正しい態度であった。その二か月前に採択された国連憲章第十二章にも、国際後見の原則は「支援」と「援助」であると規制されていたのである。
ところが問題はモスクワ三国外相会議の決議にたいするアメリカの不当な態度にあった。南朝鮮では一九四六年初からモスクワ三国外相会議の決議に反対する極右勢力の運動が米軍政の操縦ないし黙認のもとにおこなわれたのである。