朝鮮の三十八度線(59)
一九四五年、失望と危機の年(3)
戦後ソ連は、「ファッショ残滓の一掃」と「民主化」の義務を忠実に実行した。
北朝鮮では
しかしアメリカは南朝鮮で、日本帝国主義ファッショ勢力と植民地体制を一掃し民主主義を保障する任務に背を向けた。
まずアメリカは、朝鮮人民の怨恨と憎悪の対象であった日本帝国主義の朝鮮総督府を八・一五解放後も存続させた。一九四五年八月十五日、米統合参謀本部はマッカーサーに一般命令第一号に付属して、米軍が占領すべき地に至急到着する可能性がない状況のもとで、それらの地域では暫定的に日本の植民地統治機構を従前通り維持せよという極秘命令を送った。こうしてマッカーサーは、八月二十日、戦争犯罪人として処分されるべき朝鮮総督阿部信行に、朝鮮駐屯日本軍司令官とともに南朝鮮の治安維持に責任をもってあたることを委任する特別電報命令を送った。それには朝鮮総督と日本軍司令官以外の何者による治安維持も認めないことが明示されていた。
九月八日午後ソウルに到着した米第二四軍団長ホッジと米第七艦隊司令官トーマスは、総督府で南朝鮮地域日本軍の降服を受け入れたあとも、阿部信行など主要戦争犯罪人を拘留しなかったばかりか、むしろ「降服受理式」後の記者会見で、朝鮮総督阿部信行その他の日本人を行政維持のために一時その職責に残すと発表した(『朝鮮問題』五〇ページ)。
阿部信行は陸軍次官、無任所大臣、陸相代理を経て一時首相をつとめた経歴の持ち主で、一九四四年七月に第九代朝鮮総督に任命され、侵略戦争遂行のために朝鮮の人的・物的資源を手当たり次第に奪った極悪な戦争犯罪人であった。朝鮮のおびただしい愛国者と罪のない人民を虐殺した阿部信行ら日本人ファシストを懲罰はおろか、戦前と同様朝鮮人民に君臨させたアメリカの行為は朝鮮人民を憤慨させた。米国務省は占領軍のそのような不当な行為にたいし、総督ら数名を投獄するよう指示文書をホッジ参謀部の一人に与えたが、かれはのちに軍人が威勢をふるう軍政庁の雰囲気に気圧されて指示文を提出することすらできなかった、と弁明した。