朝鮮の三十八度線(58)

一九四五年、失望と危機の年(2)

本来この布告は、九月三日、戦敗国日本を対象とする占領軍司令官の布告として作成されたものであったが、一晩のうちに計画が変更されて、南朝鮮を対象に発表されたのである。この布告は、アメリカが朝鮮人民を解放された民族ではなく戦敗国の国民として扱おうとしたことを示している。これはアメリカ自身がわずか二か月前に五十一か国の連合国とともに署名した「人間の基本的権利、人間の尊厳と価値、男女同権、大小国同権への信念を再確認」し、「人民の同権と自決権の原則を尊重」することを規定した国連憲章を乱暴に踏みにじるものであった。アメリカの軍事史家カール・バーガーでさえ、アメリカの将軍たちが国連憲章に規定された基本的人権の尊重、民族自決権の尊重の諸原則に背き、朝鮮人民の自由と自決権を乱暴に踏みにじる布告を連発したことを恥ずべき行為だとし、これはかれらの政治的指導力の無能によるものであったと説明するとともに、米政府が米軍の南朝鮮進駐になんら具体的な準備をおこなっていなかったと非難した(『朝鮮問題』四八~四九ページ)。

ホッジ参謀部のメンバーの一人も、ワシントンと総司令部が朝鮮問題に建設的な意見を多く与えていたならば、軍団司令官の命令にそうしたことが反映されなかったであろう、と弁明している。(米陸軍省 第二四軍団歴史部『朝鮮における米軍の歴史』ワシントン、第五巻六三ページ)。

しかし実際には、戦後初期の南朝鮮における米軍の行為は事前に綿密に計画されたものであった。米国務省は太平洋上のもっとも重要な戦略的地域と目されている南朝鮮を掌握するため、駐屯軍司令官ホッジの政治顧問として外交官ベーニンホッフを派遣した。かれは米国務省の朝鮮計画を現地で実行し、南朝鮮占領米軍が米政府の方針に従って動くよう統制する任務を受けていたのである。

朝鮮でソ米の政策上の対立は、まず「非ファッショ化」「民主化」の実行に現れた。解放された朝鮮人民には日本帝国主義ファッショ支配の残滓を速やかに一掃し、民主化の実現によって政治的独立と経済的・文化的復興を果たすべき緊要な課題が提起されていたが、ソ米両国は、日本帝国主義ファッショ支配の一掃と社会の民主化実現問題で協力すべき基本的使命について相反する立場をとっていた。

第二次世界大戦に参加した連合国は、ファッショ勢力の撃滅後、「非ファッショ化」と「民主化」そして「工業の解体」と「非軍事化」を戦後処理の基本的方針と規定したが、とくに「非ファッショ化」と「民主化」は、ファシズムの一掃過程として地球上のどこでも徹底的に遂行すべき国際的義務として規定されていた。

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