列車と家
朝鮮人民が強盛国家の建設で新たな革命的高揚を起こし総突撃戦を展開していた二○○九年九月のある日、
幹部たちは、全国の人民に強盛国家建設の跳躍台をもたらすため一五○日間戦闘を繰り広げることを呼びかけたその日から、いっときの休息もとらず現地指導の強行軍を続けてきた総書記の健康を気づかい、「遠く険しい熙川発電所の建設現場へ行くことだけはおやめください」と言った。
すると、総書記はこう答えた。
― わたしは現地指導に向かうたびに、人民軍軍部隊にはわたしの兵士たちがおり、工場や農場にはわたしの人民がいると思うと、その道が骨の折れる道でもうきうきした気持ちで出発できる。熙川発電所の建設現場にもわたしの兵士たちと人民がいると思い、彼らを訪ねて現地指導の途につくのである。わたしは兵士たちと人民を訪ねて遠く険しい道を歩むことを大きな誇りと思っている……
この時、幹部の一人がこう言った。
「将軍が今年列車に乗って現地指導をなさった距離はこれまでの一○年間の列車行軍の距離に相当します」
幹部たちは口をそろえて、あまり無理なさらず健康を気づかうよう哀願した。
総書記はこう言うのだった。
― 今はもう列車に乗って移動し、車内で過ごすのが習慣になったせいか、列車に乗れば家にいるように感じ、反対に家に帰ると旅館に来たような感じがする ―