朝鮮の三十八度線(51
 

米ソ妥協の申し子(3

 

トルーマンは国務省、陸軍省、海軍省の三省調整委員会を運営して対日作戦終結と日本の降服受理にかんする対策を提出するよう指令した。そこで三省調整委員会が八月十日から十五日までペンタゴンで数回にわたって開かれた。討議の焦点は、誰が朝鮮と日本本土の日本軍兵力の武装を解除するのかという問題であった。朝鮮については、その全地域をソ連軍の作戦地域として認めるかどうか、日本本土については既定の方針どおり単独占領を断行するかどうかという問題をめぐって論議がおこなわれた。当時の情勢では日本を単独占領するアメリカの方針はほとんど確定的だったので、論議は主に朝鮮半島対策に集中された。

しかし、米軍の軍事的能力を持ってしては勢力圏にたいする政治的欲望をかなえることが不可能であった。事実、八月十日現在、朝鮮半島地域に米軍をソ連軍より先に進出させることは絶望的であった。米軍のいる、朝鮮からもっとも近い地点は六百マイル先の沖縄であり、そこからさらに南の米軍駐屯地フィリピンまでは千五百~二千マイルもあった。

三省調整委員会は、米行政府の対外政策上の要求とそれを裏付ける軍事的能力間のアンバランスを解決し、合理的な対策を研究して提出する任務を陸軍省戦略政策課に与えた。こうしてその部署に所属し、アメリカの軍事政策作成において重要な役割を演じていたディーン・ラスク(のちの国務長官)とチャールス・ボンスティール(のちの南朝鮮駐屯国連軍司令官)などによって人為的な分断線―北緯三十八度線が引かれたのである。

一九四五年八月十日の深夜、連合国列強の日本軍武装解除地域分担計画草案を作成したラスクとボンスティールは、米ソ作戦境界線設定のさい部屋の壁にかけてあった極東地区に朝鮮半島を両断するのろうべき北緯三十八度線を引いたのであった。

このとき二人は、朝鮮の旧首都を米軍の占領下に置くことを最重要目標にした。ラスクは北緯三十八度線を境界線に定めた理由について後日、アメリカの責任分担地域に「韓国」の首都を含ませるのが重要であると考えたからであったと述べた(『三十八度線は誰が引いたか』南朝鮮雑誌『新東亜』一九八五年八月号 四一〇ページ)。

アメリカ帝国主義者はソウルを米軍占領地域に含ませて、ソ連と妥協しうる線が北緯三十八度線であると考えた。これについてボンスティールは、進駐界線をあまり北に押しあげればソ連がそれを無視して南下をつづけるであろう、三十八度線は、ソ連側の同意を得られる最北端であると判断したと語った。かれらは三十八度線案にソ連が同意しない場合、米軍兵力をもってしては到底その実現がおぼつかなかったが、最大限の北進をもくろんで、そこに分割線を設定することを提案したと自認している。

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