「セッピョル」

一九九〇年二月のある日、金正日総書記は一通の手紙を受け取った。

朝鮮に来て活動しているキューバの語学専門家夫婦が寄せた感謝の手紙だったが、そこには平壌産院で生まれた自分たちの息子の名前をつけてほしいという内容が記されていた。

この夫婦が手紙を出すことになったのは特殊なわけがあったからである。

朝鮮に来て翻訳出版関係の仕事に携わっていた夫婦には、結婚後八年になっても子宝に恵まれないやるせなさがあった。

朝鮮滞留中婦人は再度懐妊して平壌産院に入院した。

しかし喜びとともにまた不安も大きかった。

これから三ヵ月して滞留期間が切れて帰国することになれば、習慣性になっている流産をしかねなかったからである。

夫婦の顔には暖かいの影が差した。

こうしたことについて報告を受けた総書記は、滞留期間が過ぎても彼らが残留して平壌産院で出産できるようにした。

やがてキューバの女性は無事男の子を生んだ。

感激した夫婦は総書記に感謝の手紙を送った。

そこには男の子の保護者となって朝鮮式の名前をつけてくれることを願う気持ちが切々と書かれていた。

総書記は外国人夫婦が初の子を得たことを大変喜び、その子の名前を「セッピョル(明星)」とするのがよいだろう、「セッピョル」はどこからでも見られる星だと言った。

そして「セッピョル」に服地、ベビー服、おくるみ、それに練乳、砂糖などの贈り物も届けた。

赤子の名前とともに恩情のこもった贈り物まで受け取った夫婦は感激してやまなっかた。

こうした話はキューバの「セッピョル」に限られたものではない。

パレスチナの「チンダルレ(つつじ)」中国の「雪光」にもそのようないわれがある。

 

 

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