水が半分、魚が半分
二〇〇〇年五月九日、
この工場は、数万匹のナマズを円筒形池に入れて工業的方法、集約的方法をもって養殖する、現代的な施設を備えているとして、一般の養魚場とは違ってナマズ工場と名付けられているのである。
工場の施設を見渡した総書記は、ナマズ工場を労働党時代の味がするよう立派に建設したが、今に屋根を乗せ、周辺の整理を終えれば、工場がいっぱしの招待所よりはるかに立派に見えるだろうとして、こう続けた。
「孵卵室がよくできています。この孵卵室は清潔な科学研究室のような趣です」
一幹部が、当工場では年に数百トンのナマズをわずか十五名の家庭婦人の手で生産していると報告した。
総書記は、なるほど、それはたいそうなことだ、と満足を表した。
円筒形の肥育養魚池では、この腕ほどものナマズがひしめいていた。
一体水の方が多いのか魚の方が多いのか見分けがつかないほどである。
随員たちは感に堪えず、やあ、やあと嘆声を上げた。
水と魚が所狭しとばかりに混ざり合っているその肥育池を一瞥した総書記は、「まさに水半分、魚半分です」と言って喜んだ。
この表現に一同はまたまた嘆声を発した。
水半分、魚半分という総書記の言葉は、ナマズの高い生産性を集約的に表現したものであった。
総書記は、肥育池が円筒形をなしているが、ナマズの養殖を集約化しうる秘訣はほかならぬここにある、ナマズは肥育速度が早く、飼料単位が低いうえ、高度に集約化して養殖できるために、生産性と収益性がこのほか高い、ナマズは美味で養分に富み、薬剤としても利用される、温水が豊富にある温泉地などでナマズの養殖を広く行うべきだ、と強調した。
水半分、魚半分、ナマズ養殖の集約化!
この表現はそれ以来、総書記の構想で広く始まった養魚法の標準を語るシンボリックな明言として、広く人びとの間で語られる通用語となった。