金九の劇的な人生転換
民族分断の暗雲が立ち込めていた一九四八年三月、
主席は活動家たちの心中を察してこう論した。
「彼が『反共』を唱えてきた人物であり民族主義者であることは間違いない。しかし、彼は反日感情を抱いており、今はアメリカもよく思っていない。……彼には国の将来を憂える愛国心もある。このように考えれば、われわれが祖国統一のための民族共同の偉業を遂行するうえで金九と合作できない理由はない」
こうして招請状は「韓国独立党」の党首金九にも伝達された。
ところが、招請状を受けた当の本人は当惑した。
彼の頭に浮かぶ共産主義者というのは、民族など眼中になく、階級闘争を唱えるばかりで、頭から民族主義者を軽蔑、排斥する人たちであった。果たして、そんな彼らが共産主義者を嫉視し、公然とテロ行為までした自分と本当に手を握ろうとしているのだろうか……
疑心を抱き、動揺し煩悶しながらも民族分断の現実から目をそむけることができなかった彼は、まず自分の秘書を「特使」として平壌(ピョンヤン)に送ることにした。平壌へ行くにしても、身の安全の保障を得たうえで行こうという心算であった。
主席はそれをとがめず、「特使」に会った。
「特使」は、「将軍、金九先生は平壌を訪れて将軍に会うと言っておりますが、先生の過去を白紙に返していただけないでしょうか」と言った。
主席は言下に承諾した。
こうして金九の平壌訪問が実現したのである。
彼の平壌滞在期間は長くはなかった。
しかし、彼は主席の偉大な思想と傑出した指導力、気高い仁徳にすっかり魅了されて主席を心から崇拝するようになり、「反共」から連共・合作へと劇的な人生転換をすることになった。
主席が南北連席会議に参加してソウルに発つ金九に会った時のことである。
「将軍、最後に一つお願いがあります」
彼はこう言ってずっしりとした箱を差し出した。
「かつてわたしは海外を巡りながら、これといってなすこともなく上海臨時政府の伝統を守ってきました。多少なりとも民族史に痕跡を残した上海臨時政府の印璽をお納めください」
「上海臨時政府」の印璽といえば、彼が命より大事にしてきたものであった。それは「臨時政府」の伝統を象徴するものであり、それを差し出しさえすれば天下が自分たちを「政府」と認めてくれるものと考え、上海でも、遠い重慶への逃避の道でも、また帰国の数百里の道でも肌身離さず持っていた「玉璽」であった。それをいま自らの手で主席に贈るというのであった。
彼は、自分をすっかり魅了した民族の領袖、希世の偉人に自らの運命を託すという人生転換の決意を抱いてこのような決断を下したのである。