朝鮮の三十八度線(110

むすび(2)

スターリンはルーズベルトとの友好関係が戦後も維持されるという見通しのもとに、アメリカの多国籍的朝鮮後見制に同意し、国境を接した有利な条件は戦後朝鮮での主導権掌握を可能にすると見た。

しかしそうした思惑は新たに登場したトルーマン政権の対外政策によってついえさった。

妥協が要求された。対立した両大国は、「北緯三十八度線」界線をはさんで対峙した双方の勢力圏を認めることで妥協した。

三十八度線は両勢力の相反する戦略的利害関係を調整する最大公約数であった。

朝鮮の分断は国内情勢発展の結果でもなく、朝鮮人の意思や要求によるものでもなかった。

儒教の重圧のもとで冬眠していた朝鮮がついに封建鎖国の厚い殻から脱け出し、いよいよ近代国家として生まれ変わろうとした

矢先に、日本帝国主義者に遮られ、それ以来朝鮮民族は植民地につぐ分断の二〇世紀という受難の一世紀を経験し、いまは二一世紀に入っている。

金日成主席は回顧録でつぎのように書いている。

「分断によって、朝鮮民族はすでに半世紀近くもさまざまな受難を強いられている。それが民族自身がまねいた自律的な悲劇ではなく、外部勢力の強要による他律的な受難であってみれば、どうしてわれわれが外部勢力に反対し、民族の統一と民族自強、民族大団結を叫ばずにいられようか」金日成 回顧録『世紀とともに』第一部、抗日革命(5)一九九二年、日本語版三八八ページ)。

統一朝鮮の建設は今日の時代精神である。

朝鮮の分断に責任のある関係諸国は、歴史に負った自らの義務を自覚し朝鮮の統一に有益なことをしなければならない。

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