朝鮮の三十八度線(108)
悲劇の三十八度境界線(8)
国連総会は十二月十二日、南朝鮮「政権」が朝鮮における唯一の合法的政府であるという決議を採択し、これを共和国北半部にまで拡大することをはかり、朝鮮常駐国連朝鮮委員団の組織にかんするいま一つの決議を採択した。
日本帝国主義の植民地基盤から解放された朝鮮はこうして米軍政三年後に二つの地域に分割されることになった。
アメリカの朝鮮政策を全面的に分析したカミングスは、アメリカ人が南朝鮮に到着したときから一九四八年までのあいだに、そこに単独政府を立てようとして行動した諸般の事実は、米国務省対外関係出版物に記されているとし、自分は一人のアメリカ人として一九四三年以来アメリカの対「韓」政策について、それほど恥ずかしくなかったと言えることは一つもないと述べている。
朝鮮の民族史に拭い去ることのできない傷跡を残した朝鮮の分断は以上見てきたように冷戦の所産であり、このときから朝鮮民族の民族分裂の悲劇がはじまった。
この民族の悲しむべき分裂史の核心には、地理的座標から政治的境界線へと変わった三十八度線があった。