朝鮮の三十八度線(10

悲劇の三十八度境界線(

南朝鮮にかいらい統治機構がつくられた結果、三年前アメリカによって引かれた北緯三十八度線は、日本軍武装解除のための界線から朝鮮民族を二つに分ける分断線になった。

国と民族の分断危機に対処して金日成主席は、一九四八年六月二十九日、平壌で再び南北朝鮮政党・大衆団体指導者協議会を開き、南北朝鮮総選挙実施措置を講じた。

総選挙は八月二十五日におこなわれ、九月九日には朝鮮民主主義人民共和国が樹立した。

朝鮮民主主義人民共和国は朝鮮半島全域で、そして全有権者による選挙を通して成立した朝鮮の統一国家であった。

ソ連は、一九四八年九月十三日、朝鮮民主主義人民共和国を承認し、ついですべての社会主義国がこれを承認した。

アメリカ帝国主義は、一九四八年十二月、パリでおこなわれた第三回国連総会で再び朝鮮問題を上程し、南朝鮮「政権」を合法化しようとした。

アメリカは南朝鮮でおこなわれた選挙とその結果について、安定した情勢のもとで表現された国民の意思の反映であったと説明した。

十二月六日、国連安保理事会でアメリカは、朝鮮問題の討議に朝鮮民主主義人民共和国代表を招請するというチェコスロバキアの決議案を否決し、南朝鮮かいらい代表を招請する国民党中国の決議案を通過させた。

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