朝鮮の三十八度線(104)
悲劇の三十八度境界線(5)
国と民族の分裂に反対する南北朝鮮の四十二政党・大衆団体がこれに署名した。
アメリカは単独選挙を主張する根拠も、さらに占領軍の撤退に反対する理由も失った。
とくに南朝鮮では単独選挙反対闘争が激しくくりひろげられ、二月七日には二百万の労働者がゼネストに突入し、済州島では二十五万の住民が蜂起した。
李承晩と韓国民主党の少数反動分子だけが南朝鮮単独選挙を支持した。
李承晩は、一九四六年六月に早くも、南朝鮮だけで単独選挙をおこなうようアメリカに要請し、九月一日には朝鮮問題の処理を国連に請願することにしていた。
国連朝鮮臨時委員団の構成八か国内でも南朝鮮単独選挙問題を可決したさい、賛成したのは四か国だけで、二か国が反対し、二か国が棄権した。
これは事実上否決と変わりなかった。
オーストラリア代表は南朝鮮の極右派を除くすべての党が選挙に反対するであろうことが明らかであるとして単独選挙実施計画の中止を求めた。
カナダ代表は、小総会でアメリカの決議案を通したのは不法かつ無分別な行動である。
それは新しい重大な情勢をかもしだすであろう、と警告した。
しかしアメリカは国連小総会の決議を盾に、南朝鮮単独選挙をどうしても実施しようとした。
ホッジは国連小総会後、臨時委員団との事前協議もなしに、選挙日を決定公布し、米軍政は「選挙法」を制定して「政府閣僚名簿」まであらかじめ作成した。
アメリカは、一九四八年五月十日、米軍政の「選挙法」に従って、国連の監視のもとに単独選挙を断行した。