アメリカはテロ王国(7)
国際テロの頭目(1)
アメリカの対外政策は野蛮な国家テロ、軍事テロによって特徴づけられる。
第一に、アメリカは自主的な国と発展途上国を転覆し支配するための暗殺やクーデター、武力侵略をいかなる時であれほしいままにした。
第二次大戦終結後、世界制覇の野望に燃えたアメリカは、民族解放運動を抹殺し、新興独立諸国を反帝戦線から切り離すため、国際テロに執着した。
他国の高位政客にたいする暗殺は、アメリカの主たる国際テロ手法である。
一九六〇年に民主コンゴで民意を収斂した進歩的なルムンバ政権が樹立されると、自国の世界制覇戦略の遂行に障害になると考えたアメリカは、直ちに「秩序維持」を口実に武装テロを強行し、政府首班のルムンバを殺害した。
チリのアジェンデが一九七〇年九月の選挙で大統領に当選すると、社会主義をめざしたとして、アメリカは一九七三年九月に軍事ゴロのピノチェトをそそのかしてアジェンデ大統領を無惨に殺害し、親米軍事政権を復帰させた。
自主の道を進んでいたモザンビークの大統領マシェルが搭乗した飛行機を空中爆破した暗殺事件、六十余機の軍用機を出動させてリビア指導者の邸宅をはじめ所々方々を猛爆し、彼の娘まで殺した一九八六年四月のカダフィー暗殺未遂事件、フィデル・カストロをはじめキューバ指導者たちにたいする執拗な暗殺未遂事件など、その例は枚挙にいとまがない。
世界を驚愕させたキプロスとチリの要人暗殺事件は、「外交戦略家」として知られた元米国務長官キッシンジャーによる暗殺裏工作の産物である。その真相は後の機密外交文書公開によって明らかになった。
軍事クーデターはアメリカの世界支配戦略実現のための使いなれたテロ手法である。
第二次大戦後、四十余年の間にアメリカが仕組んだ軍事クーデターは百余回に及ぶ。ペルー、エクアドル、グアテマラ、ドミニカ、ブラジルなどだけでも、三十回を超す反動的クーデターが仕組まれた。
一九六四年、キューバと外交関係を維持しているというだけの理由で、ブラジルのゴラル政権を転覆した軍事クーデター、一九六六年、自主の道を進んでいたガーナ政府を、大統領の外国訪問中に転覆した軍事クーデターなどはその一端を示す例である。
カンボジア、シリア、タンザニア、エジプトなどの発展途上諸国でアメリカが反動的なクーデターを準備して未遂に終わった事件もまた、どれほどあったことか。