朝鮮の三十八度線(91)
ソ米共同委員会の破綻(21)
それも失敗に終われば、アメリカが単独ででも朝鮮の将来を決定しなければならない。
どちらの場合にも朝鮮を放棄してはならない。
このような強硬意見を述べたウェデマイヤーはさらに、南朝鮮の現警察に代わって米軍将校指揮下の強力な朝鮮義勇団部隊の編制を提案した。
どんなことがあっても朝鮮の支配を断念してはならない、そのためには国際協約にもこだわってはならないというウェデマイヤーの意見は、米独占財閥の利害とトルーマン、マーシャルら米行政府の見解と一致した。
こうしてウェデマイヤー・リポートはジョージ・ケナンと統合参謀本部の「撤退」意見を抑え、アメリカの以後の対ソ・対朝鮮政策となった(一九五一年五月二十五日、米国務長官アチソンは米国政府がウェデマイヤー・リポートのほとんど全部を実行したと語った)。
朝鮮の分断という重大事態に直面したソ連側は、民主的政党・大衆団体との口頭協議の取り消しを求めるアメリカ側の提案に同意して書面意見だけを受け入れることにし、八月二十七日まで朝鮮の民主的政党・大衆団体代表からなる諮問機関―臨時朝鮮人民会議を創設する新しい案を示した。
ところがアメリカ側はなんらの理由もつけずにそれを拒否し、ウェデマイヤー・リポートにもとづく、米ソ英中(国民党)四大国討議を主張した。
一九四七年八月二十六日、米国務次官ロバートはモロトフに、モスクワ決議に賛成した米英中ソによる朝鮮問題四か国会談を九月八日にワシントンで開くことを提案する書簡を送り、それに「朝鮮にたいする提案」を同封した。