6.10万歳示威闘争はどんな闘いですか?
1926年4月25日、朝鮮封建王朝最後の皇帝純宗の死を機に、独立運動者たちは、純宗の葬礼日6月10日を期して、全国的な反日示威闘争を展開する準備を秘かに進めました。
ところで、闘争の指導部にもぐり込んでいた朝鮮共産党分派勢力の策動が災いして、示威計画が洩れました。
日本帝国主義者は各道の警察隊と軍隊を動かして京城市内にものものしい警戒網を巡らすとともに、仁川港に停泊中の4隻の巡洋艦の水兵を上陸させました。同時に、示威闘争準備委員その他の「要注意人物」の検挙を大々的に行いました。
それにも拘らず、労働者や青年学生は動揺することなく、反日示威闘争に決起しました。
6月10日、純宗の柩が昌徳宮を出て鐘路にさしかかった時、数万の群衆が「朝鮮独立万歳!」「日本軍は出て行け!」「朝鮮独立運動者は団結せよ!」などのシュプレヒコールを叫んで気勢を上げました。示威闘争は仁川をはじめ諸地方でも繰り広げられました。
6.10万歳示威闘争を通して朝鮮人民は、祖国を取り戻し、民族の尊厳を守る不屈の意志を示威しました。