治療費を知らぬ人民
5年前、玉流児童病院を参観したペルー代表団のレオポルド・オルティス・センティ団長はこう言っている。
「朝鮮の児童病院を参観して到底信じられなかった。強調したいのは、ここで国の未来である子供たちを非常に重視するという点である。結論から言うと、完全な無料治療、巨大な下部構造、第一流の技術、立派な設計、入院患者向けの各教室と遊戯場、遠隔医療サービス室、病院医療陣の能力である」
朝鮮には玉流児童病院のような立派な医療サービス基地が各地にある。病院村と呼ばれる平壌市の紋繍地区には平壌産院、高麗医学総合病院、金萬有病院、柳京歯科病院、柳京眼科総合病院などがある。
都市はもちろん、山里、離島の村など全国各地に現代的な医療サービス施設を備えた病院がある。そして、工場と企業、炭鉱、鉱山、遠洋漁労船団にも病院や診療所、救急所がある。
労働者、農民、知識人などすべての人は性別、年齢、居住地、職業、労働の量と質に関わりなく誰もが無料で治療を受ける権利を持っている。
特に、子供と妊婦、子持ちの女性には特別な国家的恩恵が巡らされている。三つ子、四つ子の妊婦のために有能な医療チームが設けられ、飛行機が飛んでいるのは有りふれたこととなっている。
診察と実験検査、救急蘇生治療、入院治療、手術など、すべての医療サービスの費用は全的に国家が負担している。
無料治療の恩恵で原状回復不可能という診断を受けた多くの人が蘇生されている。
数年前、平壌医科大学病院には生死の境をさまよう清津軽工業大学のキム・ボムヒャン学生が運ばれてきた。患者は最重症状態であった。体温は39℃、脈拍数は130回、呼吸数は30回であった。病院では、ひどい胃出血によって70%の血が消失された彼女に10余回も輸血した。90余日間の治療期間には10余種の1万余に達する薬が投薬され、百数十回にわたる各種検査を受けた。リ・グァンホ担当医の話によると、患者に投薬された薬を金で計算すると巨額に達するという。しかし、患者はそれについて知っていない。
他のすべての患者の場合にも同様である。朝鮮人民の誰もが治療にかかる費用について知らずにいる。
朝鮮における無料治療制は数十年前から実施された。その時は祖国解放戦争(朝鮮戦争)の最中であった。敵の爆撃のためすべてが廃墟になった、厳しい時期であったが国では人民の生命と健康増進のためにチュチェ41(1952)年11月13日、無料治療制を実施するという朝鮮民主主義人民共和国内閣決定を採択し、翌年のチュチェ42(1953)年1月1日から全般的無料治療制を実施した。
予防医学を基本としている完全、かつ全般的な無料治療の恩恵で、朝鮮人民は病気にかかって治療を受ける心配を知らず暮らしている。