朝鮮民族の化粧品利用の歴史
朝鮮女性たちが化粧品を利用した歴史は古い。
各古代遺跡から青銅鏡と青銅化粧品箱、白粉のようなものが出土したのは、当代の女性たちがさまざまな化粧品を使っていたことを物語っている。
三国時代(B.C.3世紀初期-A.D.7世紀中葉)になってさらに高まった女性の美的要求は化粧品の発展を求め、それと伴って化粧品の製造技術が発展し種類も多様になった。
その時代の化粧品としては、白粉、紅、眉墨、ヘアクリーム、香料などがあった。
白粉としては天然物質を主な成分として作った白粉と植物材料に一種の物質を熱処理して混ぜて作ったものがあった。
ヘアクリームとしてはにおいがなく、つやを長く保つ蜜蝋と油を混ぜて作り、これで髪を常に美しく飾った。
また、香水と香料は、香りの濃い花びらを油に浸して作ったり、香りの濃い植物の茎や葉、根を陰干しして粉末を作ったりして利用した。
高麗時代(918年-1392年)には、化粧品生産を専業とする手工業者が生じ、娘のいる家の庭に紅の材料であるベニバナを栽培するなど、化粧品の製造、利用が普遍化された。
朝鮮封建王朝時代(1392年-1910年)に来て化粧品は、肌をつやつやして柔らかにし、皮膚の損傷を防ぎ保護する方向に進んだ。
当時には植物性材料で作った白粉が多く使われ、各地方の特性と身分によって貝殻や真珠をひいて作った白粉も利用された。
眉墨の材料として最も高級なものはマツの芽を焦がして得たすすに菜種油を混ぜて作ったものであり、ナシの花、マツの葉なども利用した。
今日、国家の関心の下で化粧品生産は工業化、近代化され、さらに発展している。