追憶深い写真
「わたしには眠れぬ夜が多い。仕事に忙殺されているときもそうだが、遺品一つ、写真1枚残すことなく去った烈士の姿がまぶたに浮かぶ夜は、しばしまどろむことすらできないのである。そのためか、わたしは年とともに、写真を撮ることをおろそかにしないようになった。工場や農村に出かければ、勤労者や婦人、子どもたちとも撮り、軍営を訪れれば人民軍の軍人たちとも撮っている。いつだったか、延豊高等中学校へ行ったときは、半日近い時間をかけて子どもたちの写真を撮ってやったこともある」
平安南道安州市所在地で東北の方へ少し行くと延豊里というところがある。
そこに安州市延豊高級中学校がある。
チュチェ66(1977)年、朝鮮では全国の幼稚園生と学生に制服と学用品を無料で供給した。4月12日、延豊里を訪ねた主席は、半日近い貴重な時間をかけて新しい制服を着用した生徒たちの写真を撮ってくれた。
集団写真を撮る時、主席は一遍に撮れば顔が小さく見える、女学生、男学生、教師に分けて別々に撮るのがよさそうだ、と言った。
そして、教師と学父母たちも気づかなかった、制服についた糸くずもつみ取りながらセーターが体に合うかを気遣い、帽章のない生徒を見ては、生徒たちが帽章を落とすこともあるからたくさんつくるべきだ、と懇ろな指導を行った。
カメラの前に立っている教師、生徒たちに陰が差すと写真がよく撮れないといって姿勢も正してやり、ピントが合わない時には自ら足を運んでピントを合わせ、紺色のテトロン洋服を着て靴まで履いた男学生たちの身なりを見ては自分よりも紳士であるといって豪快に笑った。
同日、主席は新しい制服を着た生徒たちの姿を一々見回しながら随行した幹部たちに、わたしの60年の生涯に嬉しかった日が多くないが、今日のように嬉しい日は初めてである、本当に楽しい、と言った。
今日も、学校の教師と生徒たちは、新しい制服を着た生徒たちの写真を撮る主席の写真を見ながらその日の事柄を感慨深く追憶している。