朝鮮の4月
およそ、生活で受けた感じは深い余韻を残すことがしばしばある。私の場合がまさにそうであった。
過ぎ去った日々を振り返り、来る4月の暦を繰っていた私はこのような字を見るようになった。
チュチェ1(1912).4.15.金日成主席が生まれる。
チュチェ21(1932).4.25.
チュチェ82(1993).4.9.金正日総書記が朝鮮民主主義人民共和国国防委員会委員長に推戴される
チュチェ101(2012).4.11.金正恩委員長が朝鮮労働党第1書記に選出される。
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じっと見れば見るほど、普段とは変わった感興がわいてきた。4月がこのように大きな意味を与える月になるのは果たして何のためだろうか。
チュチェ1(1912)年4月15日、万景台の軒の低いわら葺き屋で生まれた
日本帝国主義に奪われ、数十年に渡って植民地奴隷のくびきに繋がれた朝鮮人民、奪われた野原にも春は訪れるだろうかと鬱憤をぶちまけ、垣根のそばに咲いた、うら寂しい鳳仙花を眺めながら自分の身の上を嘆いていた朝鮮人民であった。その人民が
朝鮮の4月は、
先軍政治を万能の霊剣とし、帝国主義者の孤立・圧殺策動をことごとく粉砕して祖国と民族の運命を固守した総書記の業績が忘れられず、朝鮮人民はチュチェ101(2012)年4月、総書記を朝鮮労働党の永遠なる領袖に高く戴いたのである。
不世出の偉人たちを領袖、慈父として戴き、あんなに尊厳高く幸せな生を営んできた朝鮮人民は今日、今一人の偉大な太陽を戴いた。チュチェ101(2012)年4月、
思想と指導力、胆力と気概も
そのためであった。
4月をどうして太陽の光と熱で万物をよみがえらせる自然の春日にのみ例えようか。
実に朝鮮の4月は、国と民族の興亡盛衰は長きに渡る歴史や領土、人口や武力にあるのではなく、非凡な英知と優れた指導力、人民への燃えるような愛情を抱いた民族の偉大な領袖、偉大な指導者を戴いたことにあるということを示す歴史の証書である。
私は、その偉大な真理を今更のように振り返って見た。
チェ・ソンジュン