自力更生で前進してきた歴史(15)
--戦後初のトラクター生産--
わが国で初のトラクターは、戦後であるチュチェ47(1958)年に生産された。
当時、戦争(1950年6月25日―1953年7月27日)を経たため、国にはトラクターを生産できる機械工業がなかった。
しかし、社会主義協同化が完成した農村では、先進農業機械の台数を増やすことをいつよりも切実に求めていた。
まさに、このような時に
自分のものがあれば何でも意のままに行える、われわれがトラクターを自分の力で作れば技術も発展するのであって、他国のものを輸入して使うだけではわれわれの技術を発展させることができないと述べ、われわれがトラクターを作るということはわが国の技術革命において大きな発展であると述べた主席の教えは同工場の労働者、技術者に限りない勇気を与えた。
工場の労働者、技術者は、技術と経験、専門機械設備、たった一枚の設計図もなかったが、初のトラクターの生産に力と情熱を尽くした。
彼らは、トラクターを分解しておいて部品の図面を描いたし、それを見ながら部品を切削加工した。
ある時は一個の部品の切削加工に何度も失敗を繰り返し、規格素材が不足する困難な中で生産をしながらも、くずおれなかった。
工場の労働者、技術者は30余日間にわたる努力の末、初のトラクターを完成した。
このトラクターが平壌に向かって走る時、その姿を見ながら数多くの人が「朝鮮労働党万歳!」を叫んだ。
同年11月14日、初のトラクターを自ら見た主席は満足の意を表し、工場の労働者、技術者、事務員に朝鮮労働党中央委員会と内閣の名で感謝を与えた。
チョンリマ(千里馬)の勢いで疾走する朝鮮人民の気概を盛り込んでその名を「チョンリマ」号と自ら付けた。
工場の労働者たちは、天をつく勢いで技術的準備期間も、試験生産期間も、そして漸次的な成長の段階も飛び越えて飛躍を成し遂げた。
彼らは、初の試作品を出してから1年後に3000台のトラクターを作って再び世界を驚かせた。
初の「チョンリマ」号トラクターは、偉大な朝鮮労働党の指導に従って自力更生の精神を発揮して奮発する人民がいる限り、この地には不可能を可能にする奇跡だけが誕生するという真理を次世代に刻み付けさせている。