五千年の歴史を有する朝鮮の民族楽器
わが国の民族楽器は、五千年の悠久な歴史を有している。
古代の民族楽器は、B.C.3000年期の初めに東方で真っ先に文明時代に入った古朝鮮を中心に発展し、当時、となりの諸国の楽器の発展に大きな影響を与えた。
わが先祖は、生活過程に楽器をさらに発展させて、その種を不断に増やした。
そうして、楽器の種類が中世初期である三国時代に50余種、高麗時代に60余種、朝鮮封建王朝時代に至っては80余種に及んだ。
ピリ(笛)、チョッテ(横笛)、カヤグム(伽倻琴)、太鼓など、管楽器、弦楽器、打楽器の出現は当時、職業化された管弦楽団を組織できる物質的土台となった。
高麗時代と朝鮮封建王朝初期に、王宮に百数十人規模の大管弦楽団が組まれたし、15世紀には新しい音楽表記法が創案、導入されて、宮中音楽と民間音楽に広く利用された。
この時期に編纂(へんさん)された楽譜が、朝鮮封建王朝実録に記されてこんにちまで伝わっている。
しかし、20世紀の初め、わが国を軍事的に占領して植民地支配を実施した日帝の民族文化抹殺政策によって、民族楽器は民族管弦楽団とともに光を失った。
国の解放(1945年8月15日)後、民族楽器は再びその発展の道に入るようになった。
特に、
わが民族音楽と洋楽を意のままに調和させて演奏できるように改良された楽器は、主体的な混成管弦楽をはじめとする民族音楽の発展に大きく寄与している。
平壌市の統一通りには、総合的な民族楽器生産拠点がある。