自力更生で前進してきた歴史(10)
--戦争の勝利に寄与した戦時増産運動--
過去の祖国解放戦争(朝鮮戦争 1950年6月25日―1953年7月27日)の時期に、朝鮮人民は、勝利に対する絶対的な確信を持って戦時増産運動を力強く繰り広げて前線の需要を満たすことで、戦勝の日を早めた。
主席の呼び掛けに応えて朝鮮人民は、解放後に自分らの手でうち建てた祖国のために戦時増産運動にこぞって決起した。
自分の力を信じて立ち上がった朝鮮人民は、戦時増産運動で自力更生の精神を強く発揮した。
数多くの工場、企業の労働者たちは、「戦う人民軍勇士に一発の弾丸、一挺の銃でもより多く、より速く作って送ろう!」などのスローガンを掲げて、前線突撃隊運動をはじめとする大衆運動を展開して生産を急いだ。
労働者たちは、敵の爆撃によって停電になれば手で機械のベルトを回し、熔銑炉が破壊されれば再び復旧して溶鉄を生産しながら、生産を中断することなく行って多くの武器と手投げ弾、弾薬を生産して前線に送った。
農民たちも、戦時食糧増産運動の炎を激しく燃え上がらせた。
彼らは、女性犂手(すきて)運動、多収穫運動などを活発に展開して、戦時の環境の中でも毎年穀物生産量を増やし、数多くの前線援護米を献納した。
特に、1952年11月から前線援護米献納運動が始まって、翌年4月末まで全国の農民は3000トンの援護米を前線に送った。
海では、漁労工たちが敵の爆撃と艦砲射撃の中でも、危険を冒して漁獲運動を積極的に繰り広げて戦争の勝利と人民の生活安定に寄与した。