<nobr><strong>金日成</strong></nobr>主席が追憶していた恩人たち

 

 

金日成主席が追憶していた恩人たち

 

金日成主席は回顧録『世紀とともに』で、このように述懐している。

「わたしの生涯には、わたしにつくしてくれた人が数えきれないほど多い。危機一髪の瞬間に助けてくれた忘れがたい命の恩人がたくさんいる。…それでわたしは、国のためにつくす人は天が照覧し、いつも義人に助けられるのだと考えるときもある。これは観念論ではない。人民のために一生をささげる覚悟ができている人は、どこでも人民に助けられるものだ。これは真理であり弁証法である」

 

一面識もない女

1930年の夏、日本帝国主義の策動によって破壊された地下組織を立て直すために、蛟河の一村に立ち寄った主席は不意に警察の追撃を受けた。

主席自身ももはや逮捕されるほかないと観念していたとき、ある主婦が主席を助けた。彼女は「どなたか知らないが、身辺が危いようだから、台所に入っていてください」といって、自分がおぶっていた幼児を手早く主席に背負わせた。そして、受け答えはわたしがしますから、先生は黙って火を焚いてください、というのだった。

急いで駆けつけてきた警察が戸を開け放ち、「いましがたここへ来た若者はどこへ行ったか?」と主婦にたずねた。 彼女は「若い人ですって? どんな人ですか? 家には誰も来ませんでしたが」ととぼけた。主席の背に負ぶさっていた幼児が人見知りをして火がついたように泣きわめいた。あやそうにも動作がぎこちなくぼろが出そうで、主席はしきりに火掻き棒で焚き口を突っついた。

警察らは、どこへ逃げたのだろう、勘違いしたのではないかといって、ほかの家の方へ行った。

彼女は主席に、巡査が村を離れるまで主人役をつづけてください、野良仕事に出ている主人が帰ったら、先のことを相談してみましょう、と言った。しばらくして警察がまたやってきて、主席に使いをさせることがあるから外へ出てこいと怒鳴った。その時にも、彼女は「患者だから使いは無理です。急用でしたら、わたしが代わりに行ってきましょう」といい、彼らの使い走りをすませて帰ってきた。

このように、主席は名前も知らない一面識のない彼女のおかげで窮地を脱することができた。

 

羅子溝台地の馬老人

1932年末、金日成主席は中国人反日部隊にたいする工作を行っていた。その時、日帝は朝中連合戦線が形成されれば大変なことになるとし、大兵力を動員して羅子溝一帯を攻撃した。

そのため、遊撃隊はこの地域から早急に後退せざるをえなくなった。当時、主席の率いる部隊の人数は18人しかならなかった。

空からは敵機が投降を促すビラをまき散らし、地上では「討伐」に動員された日本軍が四方から包囲陣を形成した。そのうえ、厳寒と腰まではまりこむ大雪のため、遊撃隊員たちの前進は難渋した。食糧も底をつき、軍服も裂け膚がのぞく有様であった。

数日間、飢えと寒さに震え、生と死の岐路に立たされていた遊撃隊員たちは羅子溝の台地で馬という性を名乗る老人に出会って九死に一生を得た。

思いがけなく安息の場を提供されたものの、主席の心中は重かった。無人の境界で18人の行路をどのように開いていくかをしばらく考えていた主席に、馬老人は隊長の顔を見ると、日本軍との戦いで必ず勝つ、気を落としてはいけないとし、危機を免れる方途を知らせた。

その夜、彼は救国軍の敗残兵と日本軍の目を盗んで家から5里ほど離れた山小屋に遊撃隊員たちを避難させた。隊員たちはその山小屋で20日近く泊まりながら健康を取り戻した。その後、馬老人に案内されて主席と一行は、無事に敵の包囲を突破し羅子溝台地を発つことができた。

 

生死岐路で会った人たち

1935年1月下旬、主席とともに海抜700メートルほどの尾根で、しばらく休息していた遊撃隊員たちは敵の不意の追撃を受けた。「討伐隊」の執拗な追撃が続くなか、食糧も切れて隊員たちは雪をほおばりながら行軍を続けなければならなかった。

このような時、主席は天橋嶺近くで傷寒(高熱をともなう急性疾患)に襲われた。体がかっかと燃えるような高熱と悪寒のため、主席の手足はこわばり、しまいには昏睡状態に陥った。

主席の病状は悪化するばかりで、16人の隊員たちも天橋嶺の吹雪に埋もれかねないその運命的な時刻に、救いの手が差し伸べられた。天橋嶺の伐採場で雑役夫をしている金老人に会い、敵の包囲を突破することができる方途を見出した。軍事指揮官たちも考え出せない老人の脱出案は犠牲を前提としていた。

伐採場の労働者を装って、敵の3重の検問所を無事に通過した遊撃隊員たちはその後、老爺嶺の原始林の中にある趙宅周老の家を訪ねた。その老人一家の至誠によって主席は健康を取り戻した。

人民は常に主席の保護者であり、ありがたい恩人であった。その人民の愛と支持を受けながら主席は生涯の全期間、人民を信頼し、人民に依拠して朝鮮革命を勝利へと導いた。

感想文

홈페지봉사에 관한 문의를 하려면 여기를 눌러주십시오
Copyright © 2003 - 2020 《조선륙일오편집사》 All Rights Reserved