最初の党組織―建設同志社

 

朝鮮労働党の起源となる最初の党組織―建設同志社は今から90年前に結成された。

日本帝国主義を打ち破り祖国解放を成し遂げるという大志を抱いて革命に身を投じた金日成主席は、新しいタイプの党を創立するための準備を急いだ。主席が党を創立するための方途を模索しはじめたのは、朝鮮共産党がコミンテルンから除名された後からである。

1925年4月に結成された朝鮮共産党は、朝鮮を軍事的に占領(1905年~1945年)した日本帝国主義の過酷な弾圧とヘゲモニー争奪のための党内部における派閥争いのため、1928年にその存在を終えてしまった。コミンテルンは、朝鮮共産党の承認を取り消し、それを再組織するようにと指令を発し、一国一党制の原則に基づいて満州と日本にある朝鮮共産主義者をして駐在国の党に入るよう要求した。

当時、主席は中国の満州地方で革命活動を行っていた。しかし、国際党の指示に従うからということで、独自の党建設を断念し、いつまでも間借り住まいをしているわけにはいかなかった。朝鮮人は朝鮮人の党を持たなければならないというのが党籍を移す問題についての主席の見解であり、立場であった。

朝鮮革命の具体的な実情に合う党を結成するためには、新しい世代の共産主義者を骨幹として基礎党組織を先につくり、それを拡大強化する方法で党を創立しなければならない、これが主席が考えていたもっとも適切で現実的な党創立方法であった。

これに基づいて、主席は多年間の革命活動の過程を通じて育成した新しい世代の青年革命家によって卡倫で 1930年7月3日、最初の党組織を結成した。「建設同志社」という党組織の名称には、運命を共にする同志を探し出し、結集して朝鮮革命を前進させ完成しようという主席の抱負と意志がそのまま反映されていた。

建設同志社のメンバーはわずか10余人であった。

最初の党組織結成後、穏城をはじめ豆満江沿岸の北部朝鮮一帯と満州の各地域に数多くの基礎党組織がつくられた。

党創立のためのたたかいは、抗日武装闘争の展開に伴っていっそう本格的に推進された。抗日武装隊伍と各遊撃区に各級党組織が結成され、その機能と役割が絶えず高まる一方、朝鮮の北部国境一帯と中国東北地方の朝鮮人居住地域に党団体が広範につくられた。

朝鮮人民革命軍党委員会の結成(1934・5)は、朝鮮共産主義運動と朝鮮労働党建設において重要な意義を有する出来事であった。朝鮮人民革命軍党委員会の結成によって各級党組織にたいする統一的な組織指導体制が確立され、さらに組織化された主体的な革命勢力に依拠して抗日武装闘争と党組織建設をさらに活発に繰り広げることができた。

抗日革命闘争時期に収められた成果と経験があったため、解放(1945・8)後、二カ月もならない短期間に朝鮮労働党を創立(1945・10)することができたのである。

 

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