主体108(2019) 12月 14日

朝鮮の三十八度線(41

 

単独進出は政治的に望ましくない―米ソ外交戦(11

問題はソ連軍のその後の作戦界線が朝鮮、サハリン南部とクリル列島、そして遼東半島であったことにある。朝鮮の北部界線で戦ったソ連第一極東戦線軍(後日朝鮮に進出)司令官キリル・メレツコフ元帥は回想記に、もし第一戦線軍が満州に配置された関東軍にたいしいくつかの方向から攻撃を開始すれば、関東軍は防御戦をおこないながら漸次朝鮮や中国に後退するだろうと思った、と書いている(同上三二ページ)。

日本が大陸に建設した二十一か所の要塞地域中、四か所は朝鮮にあり、したがって日本は朝鮮を「中核地帯」と宣布していた。

ソ連軍の主な目標が在満日本軍の全滅にあったとしても、その戦闘行動は満州地域にとどまらず、朝鮮半島はもとより北部日本にまで及ぶのは軍事学上、論理的である。

ポツダムで三か国軍の参謀総長たちが引いた海空軍の作戦界線は、そのようなソ連軍の作戦計画を認め、それを前提にしたものであった。事実、軍事作戦分担の細部問題まで論議されたソ米作戦会談において、かれらが日本帝国主義の最重要大陸兵站基地朝鮮半島にたいしてなんらの作戦的構想もなしにブランクとして残しておいたというのは非論理的である。米ソ双方は朝鮮半島にたいして利害を打算しながらも互いに相手を警戒してそれをあえて口にしなかったにすぎないのである。

アメリカが朝鮮半島一帯をソ連の海空軍作戦地域として認めたことは、決してかれらが朝鮮への意欲を捨てたことを意味していない。それは日本が頑強に抵抗し、対日戦が長期化するという情勢分析にもとづいて、戦争負担をソ連により多く背負わせるためであった。同時にアメリカは日本の早期降服にそなえたいま一つの作戦計画も準備していた。

日本が早期降服するケースにそなえたアメリカの総体的戦略は、日本の占領下にある大陸の重要地点をソ連より先に占領することであった。ポツダム会談期間中、米太平洋艦隊司令官ニミッツは米英参謀長協同委員会にたいし、米極東兵力が東京湾、釜山、上海、青島など極東の戦略的地点を先に占領する計画を提出した(S・モリソン『太平洋における勝利 一九四五年』ロンドン、一九六〇年、三五三ページ)。

アメリカは同計画を秘密裏に蔣介石に通報した。その計画を討議するために訪れた米軍将官ウェデマイヤーとの会見席上蔣介石は、そうした米軍の行動はソ連が朝鮮に堅固な足場をきずくのを阻むものだとして双手をあげて賛成した。

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