主体108(2019) 12月 13日

朝鮮の三十八度線(38

 

単独進出は政治的に望ましくない―米ソ外交戦(8

ソ米英三国首脳会談期間中、トルーマンとチャーチルは別途に対日戦問題を討議して日本に無条件降服を要求し、戦後日本の平和的管理にかんする基本的原則を示したポツダム宣言を採択した(『国際条約集<戦争関係1>』 一三八~一四〇ページ)。

ポツダム宣言は一九四五年七月二十六日トルーマン、チャーチルそして蔣介石の名で発表された(蔣介石は電報で同意した)。まだ日本にたいし宣戦を布告していなかったソ連は、宣言に署名しなかった。

ポツダム会談で朝鮮問題は直接には討議されず、カイロ宣言を再確認する形で間接的に取りあげられた。しかし、軍事専門家たちは対日作戦計画を討議したさい朝鮮半島地域における軍事作戦問題を慎重に論議した。

首脳間の合意事項を実行するため、七月二十四日と二十六日の二日間、三列強の参謀総長軍事会談が開かれた。そこでソ連軍参謀総長アントノフ元帥は、八月後半期における対日作戦参加のためソ連軍兵力を極東に集結しているが、正確な開戦日は後日決定される、ソ連軍は在満日本軍を撃滅するだろうと言明した。そしてその後遼東半島、クリル列島、朝鮮にひきつづき進攻するであろうとして全般的な作戦企図を説明した。

当時の記録によれば、アントノフは米軍参謀総長マーシャルに、朝鮮半島を攻撃するソ連軍に協力して米軍が朝鮮半島沿海で作戦を遂行しうるだろうかと質問し、米軍側の朝鮮半島における協同作戦参加を要請した。これにたいし、マーシャルは、米軍は日本本土上陸準備に全力を傾注しているため朝鮮半島での対ソ協同作戦は計画していないと答え、ソ連の要請を拒絶した。

アメリカは、日本が頑強に抵抗をつづけている現状のもとでは、ソ連の作戦地域を関東軍の本拠地満州一帯に局限してその影響力の拡大を阻止しようとする自らの政治的企図は実現できないものと認めざるをえなかった。アメリカが朝鮮半島へのソ連軍作戦地域の拡大を認めた理由はこれであった。しかしこれはアメリカが朝鮮を放棄したことを意味するものではなかった。アメリカは日本の早期降服という新局面の到来を予想し、米軍を他に先がけて東北アジア大陸に進駐させる立場を堅持した。

ドイツの敗亡におじけて日本があわただしく降服すれば、赤軍が一気に南下して朝鮮全域でアメリカの勢力圏を圧縮する事態が生じないともかぎらないが、それはアメリカにとってがまんのならないことであった。

作戦討議の席上マーシャルはアントノフに、ソ連軍が朝鮮と満州の大連地域に進入する前に、日本が降服する場合、米軍がその地域に上陸する可能性が多分にあると述べ、新たな戦局を予見した条件を持ち出したが、それはアメリカのこうした大陸進出計画の発現であった。

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